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2016年3月 2日 (水)

福島の四季に移ろう風景と、相馬地方に歌い継がれてきた唄

Fukushima


“どんな西洋音楽にも無いような深い悲しみがひしひしと伝わってくるのはどうしてなのか。たぶんそれは、その土地土地に伝わる旋律が、魂の奥底から発せられるものであればあるほど、陽が一瞬のうちに陰に転じるからかも知れない。”
(佐々木孝氏のブログ記事「汚れちまった悲しみに…」より)


東日本大震災から間もなく5年が経とうとしています。

過日、スペイン思想研究家で南相馬市にお住まいの佐々木孝氏が著した『原発禍を生きる』(論創社)を拝読しました。

屋内退避指定区域で周囲がほとんど自主避難し「音もなく無人の境と化した」ご自宅に、佐々木氏は認知症にある奥様とともに震災後もずっと留まり続けました。

本書は、氏がウェブに日々綴ってきた随想録「モノディアロゴス」より、2011年3月10日からの4ヶ月間分を纏めて書籍化したものです。

それまでの暮らしを守り、屋内退避指定区域での非日常をくぐり抜ける氏の体験と思念を、自分なりに一端でも感じ取れたら・・、と念じつつ読みました。
氏の「魂の重心」の低さに圧倒される思いでした。


“今回の大震災で問われている大きな問題の一つが、私たちにとって「くに」とは何か、という問題であることは確かである。私たちにとって「くに」とは現政府でも現行政でもない。私たちにとって、真の「くに」は先祖たちの霊が宿るこの美しい風土(あえて国土とは言わない)であり、そしてそこに住む人間たちなのだ。”(同書 P51、2011年4月4日の日記より)


“つまり人間が生きるということは、ウナムーノという思想家によればおのれの小説を書くこと、つまりおのれの物語を作ることなのだ。個人レベルでも言えることは、町のレベルでも、国のレベルでも言える。つまりこの南相馬の真の復興は、たんに経済的な復興ではなく、町の物語を創出することなのだ。”(同 P246、2011年7月1日の日記より)


その佐々木氏がブログで、映像作品『フクシマの唄』(音楽:相馬二遍返し組曲)を、大変ご丁寧に紹介してくださっています。

冒頭に引用した一文は、その中からの書き抜きです。


“そんな意味でも、「フクシマの唄」をどうぞゆっくり見そして聴いてください。人間たちだけでなくこの相馬の美しい自然が温かく迎えてくれる。裏切られてもなお健気に美しく、しかも人間たちの不実を許し癒しながら年毎の営為を繰り返してくれる。”(同記事より)


全文はこちらです:汚れちまった悲しみに…

(佐々木孝様、どうもありがとうございます)


震災から5年を迎えるにあたり、この映像をあらためてご紹介いたします。
(ぜひ全画面表示でご覧ください)

写真:土田ヒロミ
音楽:あわいびと


 

【お知らせ】

2016年3月10日(木)中目黒「楽屋(らくや)」にて、あわいびとライブを行います。

震災から5年の節目に。
私たちの故郷のために、祈りを込めて。

詳しくはこちらをご覧ください。
2016/3/10 あわいびと Live at 楽屋


  あわいびと Official Website


by りき哉


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