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2014年1月 1日 (水)

先人から受け継いだものと、次代へ残すもの

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奈良の法隆寺は、現存する世界最古の木造建築です。
1300年も前に建てられた木造の五重塔が、(おんぼろになって建っているのではなく)今もその姿に乱れなく「きちんと天に向かって一直線に」建っているのは驚異的なことです。

木材は年月とともに捻れたり反ったりしていきますが、捻れ方や反り方はその木が育った環境(たとえば日の当たり方や、風の受け方等々)によってそれぞれ違ってきます。
木から切り出されて材となった後も、生育によって得た癖は何百年にも渡って現れるのだそうです。

法隆寺を建てた飛鳥の工人たちは、山で木を選び、その木の癖を読み、「この材は三百年後にはこういう風にこれだけ捻れるから、この材と組み合わせるとちょうど良い」というようなことを見極めながら、年月とともに部材同士がしっかりと結合し安定するように、建物全体を組み上げました。
そうして千三百年を経た今も、五重塔は真っすぐ美しく建っています。

最後の法隆寺棟梁・西岡常一氏の『木のいのち 木のこころ』に触れたのは二十代の時(20年以上前)で、以来この本は幾度となく読み返してきました。

「昔はおじいさんが家を建てたらそのとき木を植えましたな。この家は二百年は持つやろ、いま木を植えておいたら二百年後に家を建てるときに、ちょうどいいやろといいましてな。二百年、三百年という時間の感覚がありましたのや」(同書より)


さて、福島の原発事故から2年10ヶ月が経ち、2014年という新たな年を迎えました。

半年前のことです。

「それは次の世代が考えること」

昨年7月17日のTV「報道ステーション」にて、放射性廃棄物が大量に来ることへの心配を問われて、六ヶ所村の村議会議長はそう答えたそうです。
「それは次の世代が考えること」と。

これほどまでに悲しい言葉があるものだろうかと、涙が溢れました。

今はまだ幼い子どもたちや、これから生まれてくる子どもたちに、私たちが作り出した大量の放射性廃棄物や福島原発事故への、いったい何の責任があるというのでしょうか。

己の目先の表層的な豊かさばかりを優先し、自分たちが出したゴミを何の責任もない世代に「これをどうするかはお前たちが考えることだよ」と言って平然と渡すような生き方を、私はしたいと思いません。

1300年前の人々は、私たちに法隆寺を残してくれました。
数値では測ることのできない知恵や思想が、様々な文化の中でずっと受け継がれてきました。

一方で私たちは今、千年後、否、ほんの数世代ほど先の人々にいったい何を残そうとしているのか。

いまだに経済がどうとかエネルギーの安定が云々というレベルで「現実」を語る人たちがいます。
現状を理由に「無理だ」と言うのは、「私はこの現状を変えたいと思いません」と言っているに過ぎません。
明日の「現実」は今日の決断の先にあるのですから。

本当の豊かさとは何なのか。
どんな未来を描きたいのか。
何を次代へ伝え残したいのか。

そういったことを、これからも丁寧に考え続けていきたいと思っています。


・・・という話を以て、2014年・年頭ご挨拶(の前編)とさせていただきます。
あの自民改憲案にすでに露になっている、そして安倍政権のこの一年間を見るにますます鮮明になりつつある「日本が立憲主義から逸脱しようとしていること」など、一言申し上げたいことは山積みになっているのですが、ぼちぼちアップしたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。


(トップの写真:2009年10月、法隆寺)

by りき哉(2014年 甲午 元旦)



【追記】(2014.1.4)
昨夏広島で公開された写真家・土田ヒロミ氏とのコラボレーション作品を、YouTubeにアップしました。
映像作品「フクシマの唄」(音楽:相馬二遍返し組曲)


主な関連過去ログ

2011/05/04 魔法などはなく、言葉が一陣の風となる〜持続可能エネルギーへ
2012/08/05 デモについて(再稼働反対というシュプレヒコールが含意するもの)
2012/12/14 この岐路に思うこと

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1: 随想録」カテゴリの記事

コメント

本当の豊かさとは何なのか。
どんな未来を描きたいのか。
何を次代へ伝え残したいのか。

そういったことを、これからも丁寧に考え続けていきたいと思っています。

↑ 大事だよね・・・
①本当の豊かさ・・・
  僕が思うに、他人に迷惑をかけずに自由に生きる事! と思っています
②どんな未来を描きたいか・・・
  僕は自分良ければ全て良し!という人間だけど、
  正直、自分の子供達が働くようになった時に、僕等の年金等で、子供たちの
  所得に迷惑をかけたくない世の中にしたい・・・ と思っています
  以前の仕事柄(不動産関係)年金とか老後とかこれからの危惧を色々考えました
③何を次代へ残したいか・・・
  僕はね、あなたと違って自分で創作する事も演奏する事も出来ません
  「次代へ残す」というほどの事じゃないけど、誰にも言っていない「夢」みたいな
  考えなんだけど・・・
  将来経済的に恵まれた立場になったら、発展途上国の子供達(優秀だけど
  経済的に恵まれてない子供)の里親(日本での)になって日本で教育を受けさせて
  その子達が成人して母国を発展させる!
  そんな、足長おじさん的な人間になりたいと思っています
  寮?じゃないけど、僕の家?施設所有?分からないけど、
  留学の身元引受人というか、そういう子供達の日本のお父さんになりたい
  そうやって、次代の世の中(他国だけど・・)に、こういう人が日本にいた!
  という事を残したい

  と思って、それを密かな目標にしています・・・・

  PS.他言無用です
    留学生を引き受けた時に、以前から言っていたと証人になって下さい

お互い環境は違えど、名前を残したいですね!
頑張りましょう!!
  

hashimo0512さん
どうもありがとうございます。いずれの見解にも共感します。
足長おじさんの目標、すばらしいですね。尊敬します。

「本当の豊かさ」とは「己の心の豊かさ」と同義で、逆に心が貧しいというのは、例えば他者の気持ちに無関心であるとか、空の青さに無関心であるとか、つまり感受性の乏しさのことであって、そういったことは「自分を取り巻く環境の便利さや快適さ」の話とはまったく係わりのない(むしろ、もしかしたら相反するかもしれない)話であって・・・というようなことを常日頃から感じています。

「どんな未来を描きたいか」「何を次代へ残したいか」の二つは殆ど同じようなテーマですが、2014年初頭の今、私がまず思うのは「平和な世界」です。それを夢物語だと切り捨てるスタンスには与したくありません。

「名前を残したい」とは私はあまり考えていないのですが、(名前は別にいいから)自分の生きた証は、確かに残したいと思いますね。何か(音楽とか)を作る動機の中に、それはとても大きな存在としてあるのだと、この震災を経て自覚しました。

先述の投げかけはどれも互いに密接に関わり合っていて、その自分なりの答えはなかなか一言では語り尽くせないので、(これまでも当ブログにいろいろと書いてきましたが)これからも思うところを少しずつ言葉にしていきたいと思っています。

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