フォト

カテゴリー

« 六歳の六月六日に歩み出した道 | トップページ | 『この空の花 ―長岡花火物語』を観て »

2012年6月 8日 (金)

あとがき:「クルマのマドは手回しで」

ログ「クルマのマドは手回しで」に関して、まったくもって蛇足かとは思いますが、万が一気付かれない場合があるといけないので、一応念のために補足しておきます。

(未読の方は本文を先にどうぞ→クルマのマドは手回しで


Bw135film110513_0007



【あとがき】

この小文(雑談)は、第一義には持論をストレートに述べたものであるのですが、それと同時に、「いま語るべき寓喩」として自分では意味付けています。

つまり、このお喋りにおいて、私はクルマのマドを一つの象徴として捉えて(も)います。
7年も前に書いた文章を今このタイミングで差し出したのは、そこに含ませた「語るべきこと」がタイムリーであると信じるからに他なりません。

今年(2012年)の夏の電気が足りるか足りないか、という話と、クルマのパワーウインドウの話は、もちろん直接には無関係です。でも、電気が足りるか足りないかは、つまるところ私たち一人ひとりの生き方の問題であり、価値観や思想において両者は深く繋がっていると私は感じています。

話を蒸し返しますが、パワーウインドウが便利である状況というのは、「一人で運転しているときの、運転席以外のマドの開け閉め」の他に、いったい何かあるのか、私には本当にわかりません。
そして、もしメリットがそれしかないなら、「そのメリットの恩恵にあずかるシーンはどんな頻度であるのか」「そのメリットのためにどれだけ別のデメリットを押し付けられているのか」「パワーウインドウがないと、どの程度不便になるのか」などと考えると、費用対効果も、欠点対利点も、まったく見合っていないと感じます。(例外があることは本文に記しました)

もちろん、あらゆる「文明の利器」を否定するような、極端なことを言っているのでありません。
たとえば家庭にある冷蔵庫は、そういう意味で言えば完璧に「見合っている」と思います。
カメラがピントや露出を自動で制御する機能を持ったことは無意味、とは思わないし、情報の共有や流通のためにインターネットは必要ない、とも思いません。

見合っているか見合っていないか、という線引きは明確にできるものではなく、なにより個々人の価値観や状況によって変わってくるものでありましょう。

クルマのパワーウインドウは、便利さや豊かさの価値基軸を根底から見直すための呼び水です。

タキシードをフォーマルだとするマナーは、真夏の東京でも頑に守り続けなくてはいけない価値観なのか(エアコンが今ほど必要とされているその前提をこそ、見直すべきではないのか)、ということを「自転車都市の思潮」(※1)に書きました。

「それが当たり前」と思っていることを、まずは「本当にそれは『当たり前』なのか」と問うこと。
そのためのモチーフの一つとして(も)、私としてはこれを差し出してみた次第です。

私たちがウッカリしているうちにいつの間にか当然としてしまった「過剰な利便」の一つの象徴が、パワーウインドウなのだと思えてなりません。


トップの写真
2011年夏、節電のため運転停止中のエスカレーター(東京・赤坂駅)
PENTAX LX+planar 50/1.4+400TMAX(self development)

【あとがきのあとがき】

本文を読んでくださった方には、せっかくのウィットとエスプリに富んだ文学作品を野暮なことばで解説するような「言わずもがな」を述べまして、失礼しました。
(あれのどこがウィットとエスプリに富んでいたのか、どこが文学作品なのか、という批判はコメント欄からどうぞ。手をついてお詫びしますので)


※1「自転車都市の思潮
↑このログは複数の自転車専門サイトで紹介され、爆発的なアクセス数(当社比)を記録しました。
未読の方はぜひ!


by りき哉



記事へコメントくださる方へ

« 六歳の六月六日に歩み出した道 | トップページ | 『この空の花 ―長岡花火物語』を観て »

1: 随想録」カテゴリの記事

コメント

はじめまして!「車のドア 手回し」で検索して、「車のドアは手回しで」にたどりつけました!パワーウインドウ撲滅委員会はまだ会員募集中でしょうか。(笑)便利なものは不便なもの、と周りに訴え続けて何十年、、、ここは、委員会に入会させていただきたく、どうかよろしくお願いいたします。
ちなみに家には電子レンジありません。自分には便利すぎて。子どもは小さい頃、友達の家に行って、「冷たいものを入れてくるっと回してチーンといったら熱くなってでてくる魔法の箱がある!」と感激してました。もしよろしければメッセージをくだされば幸いです。楽しいブログ、ありがとうございました。

てるるんさん
はじめまして!
当委員会へようこそ!もちろんまだまだ会員募集中です。ご入会を心より歓迎いたします。ありがとうございます。(おかげさまで当記事アップ後に多数の入会を頂いており)会員番号は2019年末現在、おそらく十何番かになるかと(笑)

ちなみに電子レンジは我が家もずっと不要としていたのですが、(数年前に図らずも友人からご厚意で頂戴してしまい)今は時々使っています。あ、でもそういえば炊飯器はありません。(お米はガスレンジで南部鉄の釜で炊いています。とても美味しいです)
・・・さておきまして、くるくるウインドウ繁栄のために今後ともお力添えを賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします(笑)

追伸:諸般の事情によりまして、頂いたコメントに気づくのが遅くなりました。誠に申し訳ありませんでした。とても嬉しいコメントありがとうございました!

はじめまして。
平成7年式のダイハツ・ミラに乗っています。
すべての窓が手回しです。
軽自動車である事と、長い年月乗って慣れた事で、運転席から助手席はもちろん、後部座席のどちらの窓も開けることができるようになりました。

本年4月に車検が切れるので、再度車検をお願いしようと思い、なじみの整備工場へ車を持ち込むと
「まだ乗るの?そこまでして乗る価値のある車かい?」
と言われて
「パワーウィンドウがついてない事にものすごい価値があるんですよ、個人的に」
と要望をして、今回も車検をとりました。

私のパワーウインドウが嫌いな事は、もはやおかしな事なのだろうか?と検索してこのブログにたどり着き、私の意見はやや少数派になりつつも、正しい主張だったのだ、と安心しました。
遅ればせながら、パワーウインドウ撲滅委員会の一会員にしていただけるとうれしいです。

追伸:我が家も炊飯器はありません。圧力鍋で炊いています。おいしいし、時間も炊飯器より早く炊けます。

小林拓也さん
はじめまして。ここに辿り着いてくださってありがとうございます。
ミラ、大切に乗られているんですね。手回し窓であることの価値は大きいですよね!
当委員会へのご入会ありがとうございます!今年に入ってからも全国から多数のご入会を頂いており、おかげさまで会員数は20名近くにまで達する勢いです(笑)
「~正しい主張だったのだ、と安心しました」とのこと、かたじけないです。私も仲間を得て心強い限りです。これからも共に「手回し窓のすばらしさ」を伝え続けていきましょう。
(さらには炊飯器がない仲間でしたか。我が家も南部鉄釜で炊いたご飯の美味しさから離れられません)

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: あとがき:「クルマのマドは手回しで」:

« 六歳の六月六日に歩み出した道 | トップページ | 『この空の花 ―長岡花火物語』を観て »