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2010年9月28日 (火)

中村力哉トリオ@なってるハウス VOL.2(ライブのご案内)

10/28まで、この記事(ライブのご案内)をトップに掲載します。
(新しい記事はトップページ下方の「最近の記事」をチェックくださいませ)

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なってるハウスで第二弾リーダー・トリオ・ライブです!

2010年10月28日(木)
中村力哉 Life is now trio ライブ!! vol.2

 19:30 open
 20:00 start
 charge¥2,000
 (45分くらいのセットを2回やります)

 piano 中村力哉
 bass 西川輝正
 drums 秋葉正樹

 場所:なってるハウス
 東京都台東区松が谷4-1-8 1F
 03-3847-2113


考えすぎないように考えながら、リラックスして気合いを入れていきたいと思ってます。

今(本番一ヶ月前)からワクワクしています。
皆さまのお越しをお待ちしています!

by りき哉

2010年9月24日 (金)

秋ツアー始動と、ライブ・アルバム発売

横浜から仙台へ向かう海の上、客船「飛鳥Ⅱ」でのライブも無事終わり、秋元順子さんのコンサート・ツアーは9月に入ってから好調に再開しています。

船旅は二泊三日だけで天気も生憎でしたが、近海なので大きな揺れもなく(波は2メートルくらい)、快適で楽しいクルーズでした。
個人的には、今回はしばらくぶりのクルーズで(最後に乗ったのは5年前のオセアニア・クルーズだったか)、船友ならぬ戦友のような仲間意識すら感じる船仲間との思いがけないうれしい再会があったりしたことも、印象に残ることでした。
(船の仕事は長い日数・・短くても10日間以上は乗っていることが多いので、いろいろなジャンルの人と仲間になれることが独特で良いことの一つです。陸の仕事とはまったく違う時空間です。)

陸での(通常の)コンサートは埼玉、茨城、東京(ティアラこうとう)を大盛況のうちに終えたところで、この先は熊本、神奈川、和歌山・・と続きます。

そして、先日(9/22)は、秋元順子さんの初のライブ・アルバムが発売になりました。

JUNKO AKIMOTO 5th ALBUM
「秋元順子LIVE BEST~変わらぬ愛~」
KICX‐782(キングレコード)¥2,800

これは、今年のツアーの中から、スカパーで放映された「市川市文化会館」でのコンサート録音を主に、ボーナストラックには昨年のコンサートから「五木の子守唄~りんご追分」も収録しています。
私は全曲に参加しています。
(個人的には「五木の子守唄」のハーモニーアレンジと、順子さんとのそのデュオをひとまずCDで残せたことがメイン・トピックでしょうか。)

まだまだ始まったばかりの秋ツアー。
体調に気をつけて、各地の美味しいものを頂きながらがんばりたいと思います。
(がんばるのは、食べることを・・ではなくて、音楽を・・です。為念。)

by りき哉
(写真はまたこんど・・)

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2010年9月13日 (月)

「時間に追われている余裕がない」(9/17追記あり)

文末に追記しました(9/17)。


しばらく(4ヶ月ほど)前、友人がブログで、「ゆっくり」というタイトル記事の冒頭にこんなことを書いていた。

「最近、時間に追われている余裕がない。」

繰り返そう。

「最近、時間に追われている余裕がない。」

この一文に私はとてもウケた。

たとえば「読書をしている余裕がない」というのは、「読書をする時間がない」ということだ。

彼は「自分は時間に追われる体験をする時間がない」と言っているのだから、それはつまり「時間に追われていない」ということだ。
その一方、「余裕がない」のである。

つまり彼は、忙しいのか、ヒマなのか?

妻に、これはどういうふうに解釈したらいいのかな?と訊いてみると、曰く
「すばやい行動で、時間に追われる隙を与えない。思いつくのと行動が一緒。ということじゃない?」
とのこと。
う〜ん、その解釈はちょっと無理があるのではないか・・(というか、その解釈もよく解らない)。

もちろん、これが
「時間に追われていて余裕がない」
(という、「る」と「て」の、たった一文字)の言い間違いであることは(彼の記事の続きを読むまでもなく)承知しているのだけど、その一文字の違いだけで、こんなに深いユーモアを含む文言になることに、感銘すら受けたのである。

けっして揚げ足を取りたいという意図はないのだが、その自己矛盾がとてもおもしろかったので・・。

そして、今日は、「R25」というフリーペーパーのWEB記事で、(別の意味で)さらに大ウケする一文に出会った。

「夏の風物詩のナゾに迫る『スイカ割り』の起源とは?」というタイトルの記事で、スイカ割りの起源について、諸説ある中からいくつか紹介しているのだが、その中にこんな一文があった。

「調べてみると、『豊臣秀吉が安土城建築の時に場を盛り上げるために始めた』とか、・・(中略)・・、ほかにも『佐々木小次郎の頭をスイカに見立て、その怨霊を静めたという伝説が発祥』という説や、・・(後略)」

繰り返そう。

「佐々木小次郎の頭をスイカに見立て、その怨霊を静めたという伝説が発祥」

・・・おもしろ過ぎる。

だって、
佐々木小次郎その本人の頭を、スイカに見立て、スイカの怨霊を鎮めたのである。

佐々木小次郎に向かって、いったい誰が、
「すみません、小次郎さん、スイカの怨霊を鎮めたいので、小次郎さんの頭をスイカに見立てて木刀で殴らせてください」
と言えたのだろうか。
佐々木小次郎は何と答えたのだろう。
(これによって怨霊は鎮まったというのだから、小次郎がその依頼に応じたことは明らかだ)
そもそも、スイカはどうして怨霊となったのだろうか。
(何かとても不本意な食べられ方でもしたのだろうか)

もちろん、これが
「スイカを佐々木小次郎の頭に見立て、その怨霊を静めたという伝説が発祥」
の書き間違えであることは、容易に想像がつく。

念のためネット検索してみると、確かにそういう(スイカを叩き割って佐々木小次郎の怨霊を鎮めたという)説が紹介されているのを見つけることができた。
(そこには、「出典:『世界死闘決闘百選』民明書房刊」とある。一方で、その記事とまったく同じに目的語の順番を間違えている文も見つけることができたので、このR25のライターはそれをそのままコピペしたのだろう。しかし、文章のプロであれば・・ちゃんとライターの名前も記載されていたが・・こんな一目瞭然の間違いにはちゃんと気付いてほしいものだ。編集部に校正係はいないのか?・・おかげで私はとても楽しかったけど。)

日常によくあるちょっとした言い間違いは、時に、思いもよらない物語を爆発的に展開する。
(・・と、つくづく思った。)

そういえば、以前のログ「音楽警察隊」の可笑しさも、今回と同類のものだ。
(あちらは、実はけっこう深い問題やブラックな要素が隠されてもいるので、ユーモアとしては更に味わいがある。・・・と、私は思っている。)


追記(9/17)
このログを読んだ人から、「時間に追われている」というのは「実社会と関わりを持って日常的な生活をしている」ということであると解釈すれば、「時間に追われている余裕がない」というのは「実社会に関わっている余裕がない」ということになり、すなわち、「それほど(実社会に関わる時間がないほど)に、浮き世を離れ自分の内面に深く没入し創作活動や精神修行することに忙しい」という意味にとれるのではないか、というアイディアを頂戴した。

おぉ!なるほど〜!

件のブログ記事を書いた友人は、この現代の日本において「通常の社会生活」とはすなわち「時間に追われている」ことなのだ・・・という、ギスギスとした都会生活に対する痛烈な批判を込めながら、そんな浮き世に惑わされずに自分の道を進むことの大切さを、そのさりげない一言で語りたかったのかもしれない。

(・・・というのは深読みし過ぎでやっぱり単なる書き間違えであることは、彼の記事の続きを読むとわかるのだけど・・)「時間に追われている余裕がない」という文言は、かくも意味深長なのであった。

by りき哉

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2010年9月 3日 (金)

稲刈り 2010

Imgp0735

まだまだ暑い日が続いているが、今日(9月2日)は朝の6時に家を出て房総の一ノ宮へ、家族そろって恒例の稲刈りに・・。

毎度ご紹介している、農薬・化学肥料・除草剤を一切使わないで稲作をしている、「半農半ミュージシャン」玉木一家のお手伝いだ。

田んぼによって雑草の多い少ないもいろいろだそうで、今日作業する田んぼ(2反)は雑草が多過ぎて機械が使えないため、手狩りなのである。

刈り始めてみると、なるほど雑草と稲を仕分けるのに手間を取られるから、今回は「単に手狩りである」という以上に大変な仕事だ。

この2反は一週間くらいかけて刈るとのことだが、ちなみにバインダー(稲刈り機)が使えれば30分ほどでこの2反すべて刈り終えてしまうそうだ。
(文明の利器の威力に感心するとともに、「除草剤を使わない」ということに求められる覚悟とか信念をあらためて想像した。)

通りがかった知人が
「稲刈りしてるの?草取りしてるの?」
という(親しみを込めた)憎まれ口とともに梨を差し入れてくれる。

午前中からとにかく暑くて、すぐに喉もカラカラにになってしまうくらいだったので、この梨は身体に染み渡った。
冷えたスイカも食べて、生き返った。

お昼ご飯は玉木宅でいただいて、午後も稲刈り。

時折そよぐ恵みの風が何とも心地よい。

今回も本当に楽しく充実した一日だった。

次は秋にもう一度来れるか、年末の餅つきか・・。


トップの写真は、お母さんの横で踊る息子と、左は玉木氏。


Imgp0760_2一日の作業を終え、オダ掛けした稲の横で満足そうな私。


昨年の田植えのログはこちら
ついに!田植え

by りき哉

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