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2010年8月17日 (火)

「今を懐かしむ」の補足

Imgp0135

(先日のログ「今を懐かしむ」(と、その続編である「『今を懐かしむの術』が効かない時」)の、更に続編です。)

件のログを読んだ友人から、「私もその技を使ってきたけど、30年も先にシフトしたことはなかった」というレスを頂いた。

私の経験からすると、この術を使うときはもう殆ど「お迎えが近くまできた時」、あるいは更に「臨終の床についている時」までシフトするのが最も効果的であるように思う。

ただ、自分が実際にその年齢に近づいた時に、果たしてこの術は使用可能なのか、という点は不明ではある。
(その時には、もはやこんな術など必要としなくなっている・・といいのだが・・。)

・・それはともかく、
しかし一方、この術が有効なのは、自分の心が乱れている時に限らない、ということを補足しておきたい。

何気ない日常の一コマが本当に宝物に思えてくる、という効能がある点では、嬉しい時も平常心の時にも、この術は有効である。

これはすなわち「今を大切にする」「今を生きる」ということに繋がるような気がする。

Life is now.

トップの写真は、今日の一コマをモノクロ視点で懐かしんでみた一枚。
8月16日、マーク・トゥリアン氏宅にて。

by りき哉

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1: 随想録」カテゴリの記事

コメント

生意気ながら前2編で、「なんとなく薄々そういう事を伝えたいのだろうな」、、、と思っておりました。

しかし毎度感心するのは、「なんとなくわかっていながら言葉にしづらい思考・感覚」を、「ちゃんと言葉にして伝える」事に妥協が無いというか・・・。本題とはずれますが、見習うべし、と思いましたね。

最近・・「音楽は正に“言葉にしづらいものを何倍もの威力で表現できるプロ(?)
”みたいなものだけど、最近“ここぞ”という誤解されたくない部分だけは、言葉で補足する必要もある」と思ってる所だったので。

あ、ますますずれましたね。ではこの辺で・・・。

花子さん

そうですか、こういうことを伝えたいのだと感じていましたか。
私自身は、この前の2編を書いた後でこの「補足」の内容を思いついたつもりだったのですけど、もしかしたら深層ではそうだったのかもしれませんね。

「ちゃんと言葉にして伝える」ことについては、ハイ、確かに最近、私は「趣味:作文」みたいになってますね(爆笑)
ブログを始めてまだ2年経ちませんけど、「自分が強く感じているけどきちんと言葉にできていないこと」を文章にする、ということは、苦しくも楽しくもあります。
花子さんが竜宮城に行っている間に、けっこう精力的に執筆してアップしていましたので、ヒマな時にまたアーカイブしてみてくだいさいませ。

「音楽は言葉にしづらいものを何倍もの威力で表現できる」とのことですが、そこはちょっと突っ込んで議論したいところでもあります。

どちらかがどちらかを何倍も表現できる、ということではなく、そもそもその両者は表現する内容が違うのではないでしょうか。

言葉と音楽。
その関係とか、距離とか・・・、もう語りたいことが沢山あり過ぎです。

きりがないので、またいずれ。

なるほどなるほど。「そもそも両者は表現する内容が違う」「言葉と音楽の関係・距離」・・・その観点、実にタイムリーで興味津々です。これは1度オフ会(?)をせねばですね(笑)。私もきっと思う所あって半信半疑になってきてたんで、ココに書き出してしまったんだと思います。この場ではとても語れないし、ホントきりがないので、またいずれ。

PS: 私も「趣味」とまではいかないけど(笑)「作文好き仲間(?)」です。
  でも「強く感じてるけど言葉に出来ない事」(本当はそういう事ほど
  大事な内容なのに)には正面から向かってなかった、と反省してる所。
  「音楽という手段があるからいいや」と、どこかで逃げてたのかも。
  でも「言葉で伝えるべき事は面倒がらず形にすべし」と再認識させられ
  ました。過去記事、じっくり読ませていただきますね。(-_^)

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