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2010年6月 9日 (水)

広がる、新生・bando-band

6月3日(木)「公園通りクラシックス」でのbando-bandライブは、いつもながら(いや、更に)とてもエキサイティングなライブだった。

パーカッションの浜野律哉さんを正式にバンドメンバーとして迎え、これからますます楽しく広がって行くことを確信する、密度の濃いものであったと思う。

そしてこの日は、かねてより温存していた私の秘密兵器をついに披露することができたことも、トピックの一つだ。

それが何であるかは、秘密なのでここには書けない。

・・と勿体ぶらずに報告すると、例の、「ナマトピくん」を登場させたのである。
生(ナマ)トイピアノのことだ。

繰り返すが、「アコースティックの」トイピアノである。

「例の」と言ったのは、このナマトピくんがやってきた経緯についてログ「奏でるトイピアノ〜慈しむべき音」に詳しく書いているからであるが、その中から、私の楽器に対する考え方について記述している部分を再録しておこう。
そのログの核心部分である。

・・・
なんと言っても、実際に楽器が空気を振動させて生みだす音の「実在感」は心地よい。
素朴だが、今この空間で確かに鳴っている、慈しむべき音。

ICチップから電気的に作り出される音には、リアリティも奥行きも感じることはできない。
あらゆる楽器は、その楽器特有の声(音色)を持っており、それゆえ私たちはその音を慈しみ、その音に耳を傾ける。
しかし電子ピアノには、スピーカーが鳴るより以前に「音」は実在しない。

楽器を「弾く」と言うのでなく「奏でる」と言うとき、ひと際その音を大切に聴き取り、その音を愛撫するように慈しんでいる様子が暗黙に前提されていると思う。
「笛の音を奏でる」も「ギターを奏でる」も「トランペットを奏でる」も「ピアノを奏でる」も、ことばとして自然に成り立つ表現であるが、電子ピアノは「弾く」ことはできても、「電子ピアノを奏でる」という日本語は成立しない。(と思う。)

それは、奏でるべき音を、そもそも電子ピアノが持たないからである。
あるのはビットデータとそれを演算する論理回路、そして結果を増幅し再生するシステム。
ビットデータは奏でるものではなくて、読み出され再生されるものだ。
電子ピアノの鍵盤は単にデータを再生するための電気スイッチに過ぎない。

しかるに、このトイピアノは奏でるべき「声」を持っている。
身体(の動き)と楽器は一体となって空気をじかにふるわせる。
弾くと楽器の振動が鍵盤から指先に伝わってくる。
だから心も振動する。

・・・(以上、「奏でるトイピアノ〜慈しむべき音」よりほんの一部抜粋)

そのナマトピくんの記念すべきライブ・デビュー。
彼の音は、bando-bandの音楽の中に確かな存在感を持って、キラキラと、しっくり楽しく溶け込んでいた。

これからも(時々)登場するかもしれない(たぶん登場すると思う)ので、どうぞ(それも)お楽しみに。

その時の写真は撮り忘れたので、代わりに・・、
下の写真は先日(5月14日)、横浜「赤レンガ倉庫」で「WINE LOVERS FESTIVAL YOKOHAMA 2010」に出演したときの様子(を友人に撮ってもらった一枚)。

100514bandoband

この写真を見て、「あれ?『電子ピアノは奏でるべき音を持たない』とか言いながら、ライブで使っているじゃないか」という堅いことを言ってはいけない。

機に臨み変に応じることも、また大切な姿勢である。
(頑固さと柔軟さのいずれも大切であり、かつそのバランスが難しいことは、ログ「頑固さと柔軟さ」に書いた)

デジピを弾いたからといって、上述した私の楽器観(のようなもの)の一貫性が怪しまれることはないだろう。(・・と願っている。)

いつでも、場合に応じて柔軟に、与えられた環境での最善を尽くすのみ。
・・そして、それを楽しむのである。

次回のbando-bandライブは
7月5日(月)、中目黒「楽屋」にて。

bando-bandは、より大きく、深く、楽しく・・なっていくのだ。
乞うご期待!

bando-bandって何?・・という方はこちらをどうぞ。
bando-band 1st CD 出来た!
bando-band website

by りき哉

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